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【対談企画】そして本質が見えてくる。削ぎ落とすこと、手放すこと

2019.06.28

【対談企画】そして本質が見えてくる。削ぎ落とすこと、手放すこと

『削ぎ落とすこと』により、本質的な豊かさとは何かを説く『禅』の思想。今回は、技術や開発とはまったく無縁にも思える禅の視点から、企業での商品開発を捉えます。二つは『マイナス志向』という言葉の前でどんな反応を起こすのでしょうか?
徳雄山建功寺住職・枡野俊明氏、アサヒ飲料でコーヒーやお茶の開発に携わる鈴木尚欣氏の対談からひも解きます。

話を聞いた人

鈴木 尚欣さん

アサヒ飲料(株)
商品開発研究所
商品開発第二グループ
グループリーダー

鈴木 尚欣さん

枡野 俊明さん

建㓛寺 住職
庭園デザイナー
多摩美術大学 教授

枡野 俊明さん

柔軟な頭と体が、新たな視点と発想を生み出す

鈴木 対談に先立ち、坐禅を体験させていただきました。最初は緊張していましたが、ご住職の教え通りに姿勢も視線も整え、お腹から深く呼吸をしたところ、心が落ち着き、静まるような感覚を覚えました。

枡野 坐禅で重要な要素の一つが、「半眼」です。人は多くの情報を目から得ていますから、視覚情報を遮断することで気持ちが落ち着き、心の内側に意識を向けることができるのです。

鈴木 普段の業務の時も、そのような時間があるとよいのでしょうね。

枡野 人間、一つのことをずっと考え続けると、そこにとらわれて抜け出せなくなってしまいます。ところが一度息を抜いて頭をリセットすると、「こんな発想もあったのか」というように、視界がパッと開けます。つまりは柔軟な思考が可能になるのです。

鈴木 なるほど。私自身、机に向かって頭を悩ませている間は、なかなか良いアイデアが浮かびません。それが机から離れた移動時に、新たな発想が生まれることも多いような気がします。

枡野 禅では今のお話をよく「雲」に例えます。雲は定まった形はありませんが、「雲」という実態は失わない。それと同じで、「こういうものをつくりたい」という方向性を定めた上で、柔軟に対応できる頭や体の状態を維持することが、新しい発想に繋がるのです。

削ぎ落とした先の美を求める『引き算のデザイン』

鈴木 我々も開発の際、「削ぎ落とす」作業をすることがあります。例えば「20~30代の男性に向けた飲料をつくる」という時、その集団をイメージするのと同時に、架空の個人を設定し、その人の嗜好に特化した味を考えるんです。多くの方に評価される味を見つけるため、パーソナルに注目してみる。そこから抽出された複数の要素を、味に反映させていくイメージです。ご住職は庭園デザイナーとしても活躍されていますが、庭園デザインにも、削ぎ落とす手法はあるのでしょうか?

枡野 もちろんです。禅の美しさとは、すなわち簡素さ。引き算の美しさです。反対に、ヨーロッパのデザインは、足し算です。お花を例にすると、ヨーロッパでは複数の色とボリュームで、見る人をもてなしますが、禅の影響を受けた日本の生花は、一輪の花をいかに輝かせるかに注目しています。私の庭園デザインも同様に、徹底した引き算の上に成り立つものです。

鈴木 最近は飲料メーカーにも、引き算が求められていると感じます。長らくコーヒーの開発に従事していますが、以前はミルクや砂糖入りのものが多く飲まれていましたが、近年はブラックコーヒーのような無糖のものを求める声が増えています。シンプルなだけに、本質的な価値を追求しつつ、ご満足いただける飲料をつくるのは、容易ではありません。

枡野 削ぎ落とせば削ぎ落とすほど、物事の本質が露わになり、誤魔化しが利きませんからね。逆説的に言えば、現代の消費者は、本質的なものを求めているのかもしれませんね。

 

座禅を組む枡野住職と、アサヒ飲料(株)鈴木

心の豊かさを求める現代人が欲するのは『本質的な味わい』

鈴木 近頃は断捨離や、ミニマリストという言葉もよく耳にしますね。禅の簡素さにも通じる「必要最低限」ということをポジティブに捉える人が、増えてきているのでしょうか?

枡野 私が思うに技術文明が大きく発展した20世紀、人々はものの豊かさこそ、幸せだと信じていたはずが、ものが満ち足りても心は満たされないことに、多くの人が気付き始めたのではないでしょうか。それは、禅の世界では千年以上も昔から説いてきている考え。そこで禅が注目され、自分が本当に必要なものだけを追求し、最低限のものを持つようになる。これが断捨離やミニマルな生活に繋がっているのかもしれませんね。

鈴木 その通りかもしれません。お客さまの声に耳を傾けていても、個々の趣味嗜好がより明確になり、「本当においしい飲料だけを買い求める」といった傾向が強いと感じます。

枡野 自分にとって最良のものだけを手に入れる。この取捨選択は、禅にも通じます。開発者の方には厳しい面もあるかもしれませんが、逆にご自身の強みを活かした商品をつくり上げることで、確固たるファンを獲得できるかもしれませんよ。

鈴木 ありがとうございます。私たちは本質的な味とともに、「おいしいという経験」をご提供することで、お客さまに選んでいただけるように、努力を重ねている最中です。

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