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R&Dニュース

【研究成果】
「酵母由来マンナン」の新たなプレバイオティクス効果を発見
〜腸内フローラの多様性を保ちながら、健康に役立つ特定の腸内細菌を選択的に増やす〜

2021.07.02

「酵母由来マンナン」の新たなプレバイオティクス効果を発見 <br><small>〜腸内フローラの多様性を保ちながら、健康に役立つ特定の腸内細菌を選択的に増やす〜</small>

 近年、「腸活」や「腸内フローラ※1」という言葉が聞かれるようになり、腸内から健康になる意識が高まりつつあります。今回、アサヒの研究から、酵母の細胞壁に含まれている食物繊維の一種である「酵母由来マンナン※2」が健康に有用な腸内細菌を増やすことがわかり、腸内環境を改善できる可能性がみえてきました。健康づくりのひとつの選択肢として、今後「酵母由来マンナン」の活躍が期待されます。今回の研究で明らかとなった「酵母由来マンナン」の新発見をご紹介します。

本研究のポイント

●「酵母マンナン」が、腸内フローラの多様性を保ちながら、特定の腸内細菌「バクテロイデス・テタイオタオミクロン※3」と「バクテロイデス・オバタス」を増加させることを明らかにしました。
●「酵母マンナン」は、ヒトの健康維持に役立つ短鎖脂肪酸※4を増加させることがわかりました。
●「酵母マンナン」は、腸内環境を改善する新たなプレバイオティクス※5素材としての利用が期待されます。

アサヒ研究員のコメント

アサヒクオリティーアンドイノベーションズ(株)コアテクノロジー研究所 大場 竣介

「酵母は、ビールやワイン、パンなどの様々な発酵飲料・食品づくりに使われており、酵母といえば発酵でおいしさをつくる、というイメージが強いかもしれません。実はアサヒグループでは長年にわたり、酵母の健康機能に着目して研究を行ってきました。今回、酵母由来マンナンによる新たなプレバイオティクス効果を報告することができました。これにはビール製造工程で発生する副産物「回収ビール酵母」の有効活用という側面もあります。おいしさ作りだけにとどまらない、ヒトの健康や循環型社会の構築にも貢献できる酵母の価値を世の中に広めることができればうれしいです。」

外部有識者の当該論文へのコメント

神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科 佐々木 大介 特命助教

神戸大学で開発したヒト腸内細菌叢モデル (KUHIMM)※6は、大腸内細菌の量や種数・代謝産物を実際の腸管内に近い状態で再現することができます。特に菌叢が再現されたことで、大腸の中で起こっている細菌同士の代謝物のやりとりなど、相互作用や共生関係も再現できるようになったと考えております。今回、このモデルを用いた評価によって、酵母由来マンナンはヒトの健康にとって有用な腸内細菌を特異的に増やすことが明らかになり、プレバイオティクスとしての有用性を示すことができました。腸を整えることが私たちの健康に重要であるという意識が高まってきている今、酵母由来マンナンをはじめとしたプレバイオティクスの研究がさらに加速していくことで、人々に腸から健康を届けられる社会になっていくことを期待しています。

研究概要

 近年、腸内フローラを健康に保つアプローチの1つとして、 例えば乳酸菌やビフィズス菌の増殖を助ける働きのあるオリゴ糖類のように、有用な腸内細菌を増やす食品成分「プレバイオティクス」に注目が集まっています。酵母由来マンナンはこれまでの研究により、整腸作用をはじめ、腸内環境改善に関する様々な機能を持つことがわかっていました。しかし、ヒトの腸内において、酵母由来マンナンがどのように機能を発揮するかはわかっていませんでした。今回、神戸大学で開発されたヒト腸内細菌叢モデルを使用し、酵母由来マンナンの腸内フローラへの効果を調べました。その結果、酵母由来マンナンがヒトの腸内フローラの多様性を保ちながら、健康に有用な2種の腸内細菌「バクテロイデス・テタイオタオミクロン」と「バクテロイデス・オバタス」を「種」レベルで※7選択的に増やす効果があることを、 世界で初めて明らかにしました。さらに、近年着目されている短鎖脂肪酸を増加させる効果も明らかになりました。これらのことから、酵母由来マンナンが腸内環境を改善する新たなプレバイオティクス素材として利用できる可能性が示されました。

実験方法

30代から40代の健康な被験者8名(過去2ヶ月間抗生物質を摂取していない人々)から糞便サンプルを採取し、ヒト腸内細菌叢モデルを用いて、酵母由来マンナンを加える条件・加えない条件の両方で、それぞれ30時間培養しました。糞便サンプルおよび培養後のサンプルから腸内細菌のDNAを抽出したのち、16S rRNA遺伝子を対象として次世代シーケンサーやリアルタイムPCRを用いて菌叢解析を行いました。また、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて、培養後のサンプルにおける短鎖脂肪酸の濃度を測定しました。

実験結果

1)酵母由来マンナンを加えても腸内フローラの多様性は維持された

健康な被験者8名から採取した糞便サンプル(FEC)、ヒト腸内細菌叢モデルを用いて酵母由来マンナンを加えずに糞便サンプルを培養したコントロール(CUL)、酵母由来マンナンを加えて培養したもの(YM)について、属レベルの細菌の占有率を比較しました。その結果、酵母由来マンナン添加有り(YM)となし(CUL)では、細菌の占有率に統計的有意差が見られず、酵母由来マンナンを加えても全体の構成を変化させることなく、腸内フローラの多様性も維持されたことが確認されました(図1)。

2)酵母由来マンナンは「バクテロイデス・テタイオタオミクロン」「バクテロイデス・オバタス」を選択的に増加させた

ヒト腸内細菌叢モデル内で糞便サンプルを30時間培養した結果、酵母由来マンナンを加えて培養すると、腸内フローラに多く存在する腸内細菌「バクテロイデス属」の中でも、「バクテロイデス・テタイオタオミクロン」と「バクテロイデス・オバタス」の2種のみが有意に増加したことが確認されました(図2)。一方、同じ「バクテロイデス属」に属する細菌でも、その他の4種は酵母由来マンナン添加による増加が見られませんでした。

3)酵母由来マンナンは短鎖脂肪酸を増加させた

ヒト腸内細菌叢モデル内で糞便サンプルを30時間培養した結果、ヒトの健康に有用な短鎖脂肪酸である酢酸、プロピオン酸、そして短鎖脂肪酸全体の濃度を有意に増加させたことがわかりました(図3(a))。また、酵母由来マンナンを加えて培養したものでは、加えないものよりもpHが低下しました(図3(b))。

4)「バクテロイデス・テタイオタオミクロン」の増加と「バクテロイデス・オバタス」の増加に強い相関が見られた

ヒト腸内細菌叢モデル内で糞便サンプルを30時間培養した後、「バクテロイデス・テタイオタオミクロン」と「バクテロイデス・オバタス」の2種類について相対比(マンナン非添加群に対するマンナン添加群の割合)を調べると、強い正の相関が見られることがわかりました。この結果は一方の生育が他方の生育を助ける、すなわちこれら2種の細菌が酵母由来マンナンを協調的に代謝していることを示唆していると考えています。

今後の展望

今回の研究により、酵母細胞壁に含まれている食物繊維の一種である酵母由来マンナンが、ヒトの健康に寄与する腸内細菌を増やすことがわかりました。また、ヒトでの臨床試験においても酵母由来マンナンの摂取により、①腸内で「バクテロイデス・テタイオタオミクロン」や「バクテロイデス・オバタス」が増加すること、②インドールやスカトールといった毒性の知られる腸内代謝物質の生産を抑えること、③エクオールという健康に有益な腸内代謝物質を増加させること、④皮膚の乾燥の改善などの皮膚のコンディションを整える作用があること、がわかっています(*1 R. Tanihiro et al., 2020)。今後、さらに研究を進めながら、酵母由来マンナンをプレバイオティクス素材として活用していきたいと考えています。

*1 論文情報

R. Tanihiro et al. Effects of Yeast Mannan Which Promotes Beneficial Bacteroides on the Intestinal Environment and Skin Condition: A Randomized,Double-Blind, Placebo-Controlled Study. Nutrients 12, 3673 (2020)

本研究成果について

 本研究は、 アサヒグループホールディングス(株)(本社 東京、社長 勝木 敦志 )傘下である、アサヒグループの先端研究機能を担うアサヒクオリティーアンドイノベーションズ(株)(本社 茨城、社長 佐見 学)のコアテクノロジー研究所が神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科の佐々木 建吾 客員准教授、佐々木 大介 特命助教と共に行ったものです。こちらの研究成果は、2020年10月15日に国際科学誌 Scientific Reports に掲載されました。引き続き、アサヒクオリティーアンドイノベーションズ(株)では「優れた健康素材を提供する研究開発」を推進し、お客さまの健康維持に貢献してまいります。

原論文情報

S. Oba et al. Prebiotic effects of yeast mannan, which selectively promotes Bacteroides thetaiotaomicron and Bacteroides ovatus in a human colonic microbiota model. Scientific Reports 10:17351 (2020) , 10.1038/s41598-020-74379-0

用語解説

※1 腸内フローラ
ヒトや動物の腸内にいる多種多様な腸内細菌全体。腸内では腸管の表面がびっしりと腸内細菌で埋め尽くされており、植物が群生している叢(くさむら)に例えられることから、腸内フローラ(細菌叢)と呼ばれている。
※2 酵母由来マンナン
酵母の細胞壁を構成している食物繊維の一つ。免疫機能を高める作用、ミネラル吸収を高める作用、整腸作用、コレステロールの排泄を促進する作用などがこれまでに報告されている。
※3 バクテロイデス・テタイオタオミクロン
バクテロイデス属の細菌の一種。ヒトの腸内フローラにもっとも多く見られる常在菌のひとつ。抗ロタウイルス活性や、結腸炎症の減弱など、健康に有用な様々な機能を持つことが知られている。
※4 短鎖脂肪酸
腸内細菌によって作られる有機酸のうち、炭素の数が6個以下のものを指す。酢酸、プロピオン酸、酪酸などがある。腸内細菌が食物繊維を分解することで産生される。腸内を弱酸性環境にすることで、有害な菌の増殖抑制・蠕動運動促進・免疫反応の制御に関与すると考えられている。
※5 プレバイオティクス
消化管に常在する有用な細菌を増殖させたり、活性を変化させたりすること、または宿主に有益な影響を与えることにより、宿主の健康を改善する食品成分。
※6 神戸大学で開発したヒト腸内細菌叢モデル(Kobe University Human Intestinal Microbiota Model [KUHIMM])
神戸大学で開発されたヒトの腸内細菌叢環境を再現した腸管モデル。この中に投与した成分の代謝変換や腸内フローラを構成する腸内細菌の種類の変化、代謝産物などを解析することができる。
※7 「種」レベルで
生物の分類における最小基本単位である「種」。
本研究はゲノム情報をもとに、酵母由来マンナンが2つの菌種を選択的に増加させる理由を説明できるという点で新規性がある。