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R&Dニュース

【研究成果】
ヒト腸内細菌Bacteroides uniformisが持久運動パフォーマンスの向上に寄与することを発見

2023.06.15

ヒト腸内細菌<em>Bacteroides uniformis</em>が持久運動パフォーマンスの向上に寄与することを発見

近年、「腸活」や「腸内フローラ※1」という言葉が聞かれるようになり、腸内から健康になる意識が高まりつつあります。アサヒグループではアスリートの腸内フローラに着目して研究を行い、特定の腸内細菌と運動能力の関係について、新たな発見をしました。腸内を運動に適した状態に整えることで、運動パフォーマンスの向上が期待できる知見と考えていますので、ご紹介します。

 

本研究のポイント

●ヒトの腸内細菌の1種であるBacteroides uniformis(※3、バクテロイデス ユニフォルミス、以下B. uniformis)が持久運動パフォーマンスを向上させることを明らかにしました。
●環状オリゴ糖であるα-シクロデキストリン (※4、以下αCD)を摂取することで、ヒトの腸内B.uniformisが増加するとともに持久運動パフォーマンスが向上することを明らかにしました。
B. uniformisは腸内での短鎖脂肪酸 (※5)産生を介して肝臓での内因性グルコース産生を促進することにより持久運動パフォーマンスを向上させている可能性を見いだしました。

 

アサヒ研究員のコメント

アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社 コアテクノロジー研究所 森田寛人・狩野智恵

この研究が始まった2015年は、青山学院大学が箱根駅伝で初の総合優勝を果たしたまさに歴史的な年でした。当時、アサヒ(旧カルピス社)の研究所と青山学院大学 陸上競技部(長距離ブロック)の練習場は隣接しており、以前から交流があることをきっかけに共同研究が始まりました。何度も寮にお邪魔してサンプルを回収したり、先行文献がほとんどないなかで実験系を考えたりメカニズムを考えることには苦労しましたが、ついに運動能力にかかわる腸内細菌を同定し、持久運動パフォーマンス向上に寄与することを発見したときには喜びと感動が込みあげました。最終的に8年間の努力の末に論文化することができ、諦めず研究を続けてきて良かったと実感しています。今後、論文発表のみならず、機能性表示食品素材としての活用に関する研究を推進し、お客さまに価値を届けることができるよう開発を進めてまいります。

 

 

共同研究者の当該論文へのコメント

慶應義塾大学 先端生命科学研究所 特任教授 福田 真嗣 氏

今回の研究成果の学術的なインパクトは、大きく二つあると考えています。まず一つ目は、腸内細菌の効果をヒト臨床試験で証明できたことです。運動と腸内環境については、2019年にランナーの腸内フローラにVeillonella属が多いことを明らかにした研究*がありますが、運動能力の改善との関係についてはあくまでマウスのモデルを用いて検証するに留まっていました。私たちの研究も切り口としては非常に近いものですが、αCDの摂取によってB. uniforimisがヒトの腸内で増加し、実際に持久運動パフォーマンスが向上することを、二重盲検ランダム化比較試験(※6)というヒトにおいて最もエビデンスレベルの高い臨床試験方法で証明することができた点が、大きな成果だと言えるでしょう。
二つ目は、腸内細菌がヒトの機能拡張に資する可能性を示した点です。これまでの腸内細菌関連研究の多くは、腸内細菌とさまざまな疾患との関連を探るテーマが中心でした。例えば健康という状態をゼロとすると、病気などのマイナスをゼロに戻す、あるいはマイナスにならないように予防するアプローチです。一方私たちの研究は、いわばゼロをプラスにする、全く異なる観点での研究です。
今回は持久運動パフォーマンスが向上する機能が見いだされましたが、おそらくほかに
もさまざまな能力が腸内細菌には秘められていることでしょう。

*Scheiman, J. et al. Meta-omics analysis of elite athletes identifies a performance-enhancing microbe that functions via lactate metabolism. Nature Medicine 25, 1104-1109 (2019)

 

研究概要

長距離ランナーに特徴的な腸内細菌としてB. uniformisを同定しました。また、この腸内細菌と持久運動の関連について実験を行い、B. uniformisが持久運動パフォーマンスを向上させることを見いだしました。さらに、B. uniformisが栄養源として利用しやすいαCDの摂取がヒトの持久運動パフォーマンスを向上させることを明らかにしました。B. uniformisは腸内での酢酸とプロピオン酸の産生を介して肝臓の内因性グルコース産生を促進することで持久運動パフォーマンスを向上させている可能性が示唆されました。

 

研究結果と考察

1.長距離ランナーの腸内にはB. uniformisが多く、その菌数は3,000mの走行タイムと関連があった

図1-1 アスリート群(赤)と一般男性群(青)の腸内B. uniformis菌数
図1-2 アスリート群の腸内B. uniformis菌数と3,000m走行タイムの相関

青山学院大学 陸上競技部 (長距離ブロック)に所属する48人の男性学生(以下、アスリート群)と、同年代の日本人非アスリート男性10人(以下、一般男性群)の腸内細菌叢の解析を行いました。その結果、アスリート群ではBacteroides属などの腸内細菌が一般男性群よりも有意に多く存在していることを見いだしました。
さらに、B. uniformisの菌数(本研究では16S rRNA遺伝子1コピーを1菌数と定義)は一般男性よりも多いだけでなく(図1-1)、その菌数が多い人ほど3,000mの走行タイムが早いという有意な負の相関関係があることが分かりました(図1-2)。以上の結果から、B. uniformisはヒトの持久運動パフォーマンスに関連している可能性が示唆されました。(図1-2)。

 

2.一般男性がαCDを摂取することにより腸内B. uniformisが増加し、持久運動パフォーマンスが向上した

図2-1 αCD摂取群の腸内B. uniformis菌数変化

 B. uniformisは、ヒトの腸内に一般的に存在する常在菌の一種です。このため、腸内に存在するB. uniformisを増やすことがヒトの運動パフォーマンスに影響するかを調べるため、まず初めにB. uniformisを増やすことが可能な食品素材を探索し、αCDと呼ばれる環状オリゴ糖を候補として見いだしました。次に、αCDの摂取が、ヒト腸内のB. uniformis菌数と、運動パフォーマンスに与える影響を調べるため、二重盲検ランダム化比較試験を実施しました。
運動習慣がある20~40歳代の日本人一般男性を試験対象とし、10人にαCDを含むサプリメントを8週間摂取してもらいました(αCD摂取群)。また、別の11人にはプラセボサプリメント(運動への影響がないと考えられる偽薬)を同様の期間摂取してもらいました(プラセボ群)。摂取4週間後と8週間後に被験者の腸内におけるB. unifromisの菌数を調べた結果、αCD摂取群では摂取8週目でB. uniformisの菌数が摂取前と比較して有意に増加していました(図2-1)。一方、プラセボ群では摂取4週目および8週目でB. uniformisの菌数に有意な変化は見られませんでした。

図2-2 αCD摂取群のエクササイズバイク10 km走行タイム 

また、αCD摂取が運動パフォーマンスに与える影響を検証するため、被験者にエクササイズバイクを10km漕いでもらい、完走までのタイムを測定しました。その結果、αCD摂取群では摂取4週間後と8週間後において完走タイムが摂取前と比較して有意に短縮しました(図2-2)。また、αCD摂取群の摂取8週間後のタイムは、プラセボ群と比較しても有意に早いタイムでした(図2-2)。

図2-3 αCD摂取群のエクササイズバイク50分間運動後の疲労感

持久運動パフォーマンスの向上は、運動後の疲労感を軽減させるという副次的な効果も持つ可能性があります。そこで、エクササイズバイクを50分間漕いだ     直後の疲労感をVAS(※7)質問票で測定しました。その結果、αCD摂取群では運動直後の疲労感が摂取前と比較して有意に低下しました(図2-3)。以上の二重盲検ランダム化比較試験の結果から、αCDの経口摂取はヒト腸内のB. uniformisの菌数を増加させる効果、また、ヒトの持久運動パフォーマンス向上効果や運動後の疲労感低減効果があることが示唆されました。

 

図3B. uniformisによる持久運動パフォーマンス向上の推定メカニズム

このメカニズムとしてはB. uniformisはαCDなどの炭水化物から酢酸とプロピオン酸を腸内で産生し、これらの短鎖脂肪酸が運動中の肝臓におけるグリコーゲン分解と糖新生(主に肝臓で行なわれる、糖以外の物質からグルコースを産生する経路)を促進し、その結果生じるグルコースが運動に必要なエネルギー源として全身に供給されることで持久力が高まると考えています。

 

今後の展望

今回の研究により、ヒト腸内フローラを構成する主要な腸内細菌の1種であるB. uniformisが持久運動パフォーマンスに関与していることを世界で初めて明らかにしました。また、環状オリゴ糖であるαCDを摂取することで、ヒトの持久運動パフォーマンスが向上することも示しました。これらの結果は、B. uniformisをターゲットとしたプレバイオティクスを用いることによってヒトの運動パフォーマンスを引き上げることができる可能性を示唆するもので、将来的にはスポーツ分野や飲食料品分野への応用が期待されます。今後、B. uniformisが持つほかの機能性についても検討してまいります。

 

本研究成果について

本研究は、 アサヒグループホールディングス㈱(本社 東京、社長 勝木 敦志 )傘下である、アサヒグループの先端研究機能を担うアサヒクオリティーアンドイノベーションズ㈱(本社 茨城、社長 佐見 学)のコアテクノロジー研究所が慶應義塾大学先端生命科学研究所(所長 冨田勝)の福田真嗣特任教授、青山学院大学(学長 阪本浩)の内山義英教授・原晋教授らと共に行ったものです。また、αCDを用いたヒト臨床試験は外部機関による倫理審査委員会の承認を得て実施されました。
この研究成果は、2023年1月25日に国際科学誌 Science Advancesに掲載されました。引き続き、アサヒクオリティーアンドイノベーションズ㈱では、「優れた健康素材を提供する研究開発」を推進し、お客さまの健康維持並びに暮らしの豊かさの追求に貢献してまいります。

 

原論文情報

Hiroto Morita, Chie Kano, Chiharu Ishii, Noriko Kagata, Takamasa Ishikawa, Akiyoshi Hirayama, Yoshihide Uchiyama, Susumu Hara, Teppei Nakamura, Shinji Fukuda. “Bacteroides uniformis and its preferred substrate, α-cyclodextrin, enhance endurance exercise performance in mice and human males." Science Advances 9.4 (2023): eadd2120.doi: 10.1126/sciadv.add2120.

 

用語解説

※1 腸内フローラ
ヒトや動物の腸管内に棲息する主として細菌によって構成される微生物集団。腸内では腸管の表面がびっしりと腸内細菌で埋め尽くされており、植物が群生している叢(くさむら)に例えられることから、腸内フローラ(細菌叢)と呼ばれている。

※2 プレバイオティクス
ヒトの健康に良い影響を与える生きた微生物の餌となる食品成分。

※3 Bacteroides uniformis
ヒトの腸内に一般的に棲息する嫌気性菌の1種。

※4 α-シクロデキストリン
グルコースが環状に連なったオリゴ糖。α-シクロデキストリンの摂取により、腸内細菌叢が変化することが知られている。

※5 短鎖脂肪酸
腸内細菌によって作られる有機酸のうち、炭素の数が6個以下のものを指す。酢酸、プロピオン酸、酪酸などがある。腸内細菌が食物繊維を分解することで産生される。腸内を弱酸性環境にすることで、有害な菌の増殖抑制・蠕動運動促進・免疫反応の制御に関与すると考えられている。

※6 二重盲検ランダム化比較試験
試験対象の食品の効果を検証するヒト臨床試験方法のひとつ。被験者を試験対象食品摂取群とプラセボ食品(被験物質以外の組成を同一としたもの)摂取群に分け、試験にかかわる関係者がどの被験者がどちらの試験食を摂取しているか知り得ない状態で試験の実施と結果の比較を行う方法。

※7 VAS(visual analog scale)
視覚的評価スケールとも呼ばれる。特定の感覚や感情の強度を評価する際に用いられる手法。アンケート用紙に描かれた黒い線の先端を最大、反対の先端を最小とし、現在の感覚の程度を被験者が黒い線上で指し示す視覚的なスケール。     

※8 グリコーゲン
グルコースから合成される多糖。肝臓では主にグリコーゲンが分解されることで糖の産生が起こり、血糖値が上昇する。