「瞬冷辛口」の開発を手がけた若き挑戦者。 商品を通じて豊かなビール文化を創造し続ける!

アサヒビール株式会社
酒類開発研究所 開発第一部
松浦 諒
- 学生時代、先進理工学部生命医科学科を専攻し、腸内の免疫恒常性維持に寄与する腸内細菌の探索と作用機序解明に関する研究をしていた松浦は、映画や音楽などのサブカルチャーに熱中するという研究者とは別の側面を持ち、文化の多様性と奥深さに強い関心を持つようになった。現在、アサヒビール株式会社で、ビール類の商品開発を手がけている松浦は、「ビールという嗜好品を通じて、新たな文化・生活を生み出したい」という熱い思いを抱いている。
仕事を通じて、新たな文化やライフスタイルを生み出したい
「ちょっと大げさに言えば、嗜好品に関わる仕事を通じて“文化”をつくりたいと思ったんです」
現在、アサヒビール株式会社酒類開発研究所で働く松浦諒は、入社の志望理由をこう語る。生活必需品ではないが、時に張り詰めた心を解きほぐしてくれる、また時には仲間との楽しい語らいの場を提供してくれる……このような嗜好品によって、「人を楽しませる」仕事をしたいと思ったのだ。
「ちょうど私が大学院生の頃、“ノンアルコールビール”や“煙の出ないたばこ”など、従来の常識を覆すような商品が相次いで発売され、人々の注目を集めるようになった時期でもありました。そんな刺激もあって、私も、自分の仕事を通じて新たな文化・ライフスタイルを生み出してみたいと感じたんです」


アサヒビール(株)に入社したのは2013年。松浦が最初に配属されたのは、アサヒビール福島工場だった。当時は早く仕事を覚えようと必死だったが、その後開発の仕事に携わるうえで、1年間、工場勤務を経験したことは大いに役立っていると語る。
「ビールの商品開発において、製造工程を考慮することも非常に重要な要素です。実際の工場で新商品の製造を可能にするには、生産現場での工程をしっかりとイメージしたうえで製法を開発したり、技術を組み合わせたりすることが不可欠になってきます。入社直後にその一連の製造の流れを知ったことで、誰がどのような作業をするのか、設備をどのように変更すればいいか、生産現場の人の顔や動きを具体的に思い浮かべながら新商品の設計を考えることができるようになりました」
その後3年間、ビール醸造に関する基礎研究に携わった後、松浦は2017年7月に、酒類開発研究所への異動を命じられる。このとき異動先では、大きなミッションが松浦を待ち受けていた。
「瞬冷辛口」のおいしさをさらにブラッシュアップする

2017年、アサヒビールでは「アサヒスーパードライ」の発売30周年を記念して、スーパードライブランドの新商品を発表した。それが同年5月に発売された「アサヒスーパードライ瞬冷辛口」だ。
「後味の良さ」と「冷涼感」の2つを特長とする期間限定商品として発売したこの商品は、予想を大きく上回る売れ行きを見せ、2018年3月から通年商品として発売することになる。松浦のミッションは、通年商品化に向けて「瞬冷辛口」のおいしさをさらにブラッシュアップすることだった。
実は、期間限定商品が好評を得て通年商品になるというケースはきわめて異例だという。アサヒビールが通年商品化に踏み切った決め手は、どこにあったのだろうか。松浦は言う。
「最大の理由は、今までの期間限定商品と比べて大変好評頂けたためです。この一因としては、これまでビールをあまり好まないとされてきた20~30代の若い層の支持を得ることができたためと考えられます」
さらに、飲用シーンについての回答を見ても、“休日の昼間、気分をすっきりさせたいときに飲む”など、従来とは違う特徴もみられたという。
「これは、飲んでみた方が、今までのビールではあまりなかった“冷涼感”や“爽快感”、“飲みやすさ”に気づいて支持してもらえている結果だと考えています。そこで、通年販売するにあたり、瞬冷辛口の特徴とも言える“飲みやすさ”と“後味の良さ”に磨きをかければ、よりお客さまに瞬冷辛口の価値を楽しんでいただけるのではと考え、新たな処方を検討することにしました」

ビールは、麦汁中の糖分が、酵母の働きによってアルコールと炭酸ガスに分解される「アルコール発酵」によってつくられる。一般に、麦汁濃度を高くすれば、ボディがしっかりした芳醇な味わいのビールができあがる。そして、発酵度(アルコールと炭酸ガスに分解される割合)を高くすれば、残る糖分が少なくなるためスッキリとした味わいになる。その他にもビールの味の調整には原料の選択含め多数のパラメーターが存在するが、これらの要素を微妙に調整することで、目標とする味わいに近づけていくのだ。
「調整するのは非常に難しく、スッキリとした飲み心地を狙って麦汁濃度を下げると水っぽくなって、ビールとしての基本的な飲みごたえを失ってしまいます。そこで今回は、麦汁濃度を保ちつつ“ボディ感”は維持しながら発酵度を高めることで、後味のスッキリ感を狙うことにしました」
加えて、瞬冷辛口は、ミント様の冷涼感が特徴的な「ポラリス」という希少価値のあるドイツ産ホップを使用しており、松浦は仕込み時における「ポラリス」の投入タイミングを最適化することによって、より“ひんやりとした冷涼感”を高めることにも成功した。
2018年3月13日、「新・瞬冷辛口」の販売が開始。前回同様、好調な売れ行きを見せているという。
「スーパードライ」に続くアサヒの看板商品を生み出す!
「消費者目線で新商品のアイデアを考えていると、ワクワクするんです」と語る松浦は、他の開発者とは違ったある視点で想像力を膨らませていた。それが「行動経済学的アプローチ」だ。行動経済学とは、「人間は合理的に行動する」という従来の経済学の前提そのものを疑い、人間の心理的・感情的側面にも考慮する経済学のこと。
「例えば、顧客は価格の違いをどのように感じるのか、など、人間の意思決定のメカニズムを論じます。私たちが扱っている商品は嗜好品。だからこそ、こうした視点が必要だと思うんです」
さらに、仕事をするうえで大切なのは、「単純に必要なことをこなすだけでなく、新しいインプットを積み重ね、それらを何かに応用できないか考えること」だという。
「瞬冷辛口の成功は、もともと研究開発セクションが持っていた希少なドイツ産ホップ『ポラリス』に関する知見と、後切れの良い苦味を実現する技術が合わさることで“冷涼感”という新たな価値を生み出せたからだと思います。どんなに素晴らしい技術も、それを商品につなげることができなければ価値はありません。『この技術、こんなふうに活用したらおもしろいんじゃない?』と感じることができる感性や想像力が開発業務には必要だと考えています」

常に問題意識を持ち、高い意識で仕事に臨んでいる松浦だが、先輩たちの仕事を目の当たりにして、自分の力不足を感じることも少なくないという。
「先輩方と仕事をするうえで、すごいなと感じるのは“ゼロを1にする力”ですね。非常に広範囲にアンテナを持ち、商品・技術開発の種(シーズ)を自ら発見し、その有用性について論理構築したうえで、同志をつくって周囲を巻き込みながら最終的に商品として完成させる、という総合力。これが自分にはまだまだ足りないなと感じています。そうした先輩たちの仕事ぶりを間近に見ながら学ばせてもらっています」
そう語る松浦にとって今回のヒットはあくまで通過点。向上心を持って日々成長し続ける若き挑戦者は、すでに次なる目標に向けて歩み出していた。
「私は、日本のアルコール・ビール文化はもっと豊かになれると思っています。世界には多種多様なビールが存在し、カクテルのように飲み比べたり、自分の趣味によく合うものを選んだりする楽しさもある。クラフトビールはその代表例です。ただ、ニッチな広がりももちろん大切ですが、やはり大衆に支持される“王道のビールを含めたアルコールの文化”をつくっていくことが大切だと思うのです。世間的には若者のアルコール離れやビール離れが進んでいると言われていますが、新たな飲用シーンや飲用のきっかけ作りを通じて、まだまだファンを増やすことができるのではないかと考えています。瞬冷辛口は、その方法の1つだと思っています。この商品を突破口に、『スーパードライ』に続く次世代の商品を生み出していきたいですね」
(2018年4月5日取材)
