1. トップページ
  2. 研究開発
  3. 挑戦する研究者たち
  4. CO2排出量削減に向けた技術開発を通じて地球環境を守りたい!

挑戦する研究者たち挑戦する研究者たち

CO2排出量削減に向けた技術開発を通じて地球環境を守りたい!

image

アサヒグループホールディングス株式会社
プロセス開発研究所
竹田 健一郎

現在、地球温暖化防止に対する意識は世界中で高まっており、温室効果ガスの排出量を削減するためにさまざまな技術開発が行なわれている。アサヒグループも、気候変動に関する新たな中長期目標「アサヒカーボンゼロ」を設定し、各部門で目標達成に向けた施策や技術開発を行なっている。プロセス開発研究所でCO2排出量削減に向けた技術開発に携わる竹田に、その取り組みについて聞いた。

―はじめに、竹田さんが環境問題に興味をもったきっかけを教えてください。

じつは、学生時代は環境技術とはまったく関係のない分野の研究をしていました。アサヒビール(株)に入社後はビール工場でビールづくりの基礎を学びました。その後研究所に異動となり、生産技術開発業務に携わっていた頃、地球環境保全をテーマにした国際会議「地球サミット」が開催されるなど、地球環境問題に対する社会の関心が日に日に高まっていくのを感じていました。やがて、部署異動があり、バイオエタノールの研究やビール酵母を活用した肥料の製造プロセスの開発に携わる中で、CSR(企業の社会的責任)にも強い関心を持つようになりました。企業活動において「いかに環境に配慮した経営を行っているか」が、企業の価値を大きく左右する時代になってきたのです。
そんな中で自分も、“技術屋”として会社に、さらには社会に対して環境分野で貢献したい、という思いがしだいに強くなりました。

竹田 健一郎

―竹田さんは現在、何を目指して研究に取り組んでいるのですか。

竹田 健一郎

CO2排出量削減に向けた技術開発を通じて、地球環境を守り世界中の人々が安心して暮らせる社会を築いていきたいです。
アサヒグループでは、2010年3月に策定した「環境ビジョン2020」のもと、「低炭素社会の構築」「循環型社会の構築」「生物多様性の保全」「自然の恵みの啓発」という4つのテーマを柱として取り組んできました。
その後、持続可能な社会の実現を目指し、2018年春には、2050年及びその過程における2030年の温室効果ガス排出量削減の目標「アサヒカーボンゼロ」が新たに掲げられました。グループ全体の温室効果ガス排出量を、2030年には30%削減(2015年比)。そして2050年には“ゼロ”にすることを目指しています。この目標に向けて技術開発を進めることで、私が理想とする社会の実現に貢献したいと考えています。

―技術開発の内容をもう少し詳しく教えてください。

CO2排出量削減に向けた技術開発の取り組みとして、「バイオガスを用いた燃料電池の実用化」を検討しています。ビールや飲料を製造するプロセスにおいて、工場からは大量の排水が出ます。こうした排水を清浄化するため、アサヒグループでは、国内にあるビール工場8拠点、飲料工場5拠点において、嫌気性排水処理(酸素が少ない状態で活動できる嫌気性微生物に汚濁物質を分解させる排水処理法)設備を導入しました。
この設備では、製造工程で出る大量の排水をメタン発酵法により処理し、「バイオメタンガス(以下バイオガス)」を取り出しています。そして、取り出したバイオガスをタービンやボイラーなどで燃焼させることによって、工場で使う電力や熱エネルギーを生み出し、再利用するのです。
私は、「さらに高効率に発電をするために、燃料電池の燃料(水素源)として、我々が持つカーボンニュートラルなエネルギー源としてのバイオガスを活用できないか」と考え、研究をスタートさせました。
燃料電池は、水素と酸素の化学反応エネルギーを電気エネルギーに直接変換するため、エネルギー変換効率の高い発電手段として知られています。しかし、現在稼働しているほとんどの燃料電池は、化石燃料から取り出した水素または都市ガスを利用しているため、CO2排出量削減効果は限定的です。
私たちの研究を通じて「バイオガスを用いた燃料電池発電」が実現できれば、アサヒグループが掲げるCO2排出量削減目標に寄与できると考えています。

―この研究を進める過程で、最もチャレンジングだったのはどんなところですか。

バイオガスに含まれる不純物(被毒物質)を、いかに簡便で低コストな設備で除去するプロセスを確立するか、が大きな課題でした。
ある特定の不純物がわずかでも存在すると、燃料電池の電極成分と反応して電極面に膜をつくったり、あるいは電極そのものと反応して電極を不活化し、発電できなくなってしまいます。不純物にはさまざまな種類があって、すべてを除去するための設備をつくろうとすると、あまりに巨大になり、かつ導入コストも高くなってしまうのです。

竹田 健一郎

―では、どのようにして不純物を取り除いていったのですか。

まずは除去すべき物質を特定するため、ビール工場の排水に存在する可能性がある被毒物質(ホウ素、ケイ素、リン、硫黄、塩素など)について、バイオガス中に含まれる成分を分析しました。その結果、検出された成分は硫化水素(H2S)などの硫黄系成分のみであることが分かったのです。そこで、「硫化水素を除去するための燃料精製プロセスの開発」をテーマに、研究を進めました。
さまざまな試行錯誤を重ねた結果、3段階の精製ステップを経て「精製バイオガス」をつくる不純物除去装置を開発しました。
第1段階は、水酸化ナトリウムと常温で反応させる「湿式処理」、第2段階は、活性炭に吸着させる「乾式処理」、 そして第3段階は、水分を完全に除去する「脱水処理」です。そして、実際にこの装置を用いて工場排水から得られたバイオガスを精製した結果、分析機器で検出できる下限値を下回るレベルまで硫化水素が除去できていることが確認できたのです。

―いよいよ、燃料電池の燃料として使えるレベルまで来たわけですね。

竹田 健一郎

はい。精製したバイオガスを、実際に燃料電池発電に用いた場合の性能を検証するため、九州大学次世代燃料電池産学連携研究センターと共同で、発電試験を実施しています。
固体酸化物形燃料電池「SOFC」(以後SOFC)のショートセルを用い、アサヒグループと九州大学が共同で開発した試験用バイオ燃料電池発電装置で連続発電し、微量の不純物が発電に及ぼす影響を詳細に評価するのが目的です。
この試験用SOFCを用いた検証は現在も継続中ですが、ほぼ一定の電圧を維持しながら、かつてない5,000時間を超える連続発電に成功しています。これまでのところ、発電を阻害する不純物の影響は確認されていません。

―5,000時間もの連続発電に成功したということは実用化が見えてきましたね。

竹田 健一郎

実用化するためにはまだまだたくさんの課題が残されていますが、研究をこれほどまで前進させることができたのは、パートナーの協力がとても大きかったです。この研究には、さまざまな要素の技術が必要で、それぞれ高度な専門性が要求されます。そのため、アサヒグループ内にない技術は、積極的にアウトソーシングしました。
2016年から共同研究を行なっている九州大学は、燃料電池の研究においては世界トップレベルの研究施設を持っています。
また、九州大学と共同研究を行なうにあたっては、ビール工場内にある研究棟で精製したバイオガスをボンベに充填し、九州大学にある試験発電装置に供給する技術が欠かせません。こうしたガス関連技術においては、株式会社巴商会様が心強いパートナーとなりました。
このようなパートナーシップを通じて今まで知らなかった世界が見えてきたこと、そして、環境問題に寄与できる研究の可能性を見い出せたことは研究者として大変喜ばしいことですし、九州大学と株式会社巴商会様には大いに感謝しています。

―信頼したパートナーと築いてきたこの研究成果は、今後どのような発展を遂げていくのでしょうか。

今回、新たに開発したバイオガスの精製プロセスは、硫化水素以外のさまざまな被毒物質に対しても応用可能で、高純度な精製設備を低コストで導入することを可能にします。
今後は、さらなる長時間の稼働の検証や初期投資コストのミニマム化などを検討し、これらのシステムを「事業実装プロセス」として確立することで、ビール工場に限らず幅広い食品工場のほか、嫌気性排水処理設備を導入している多くの工場・施設でバイオ燃料電池活用の可能性が広がり、CO2排出量の削減に貢献できると考えています。

―最後に、今後の意気込みをお聞かせください。

日本は、2050年に温室効果ガス排出量を80%削減するという長期目標を示しています。こうした確かな方向性があるなか、アサヒグループでは、事業に直結する技術を磨きながら、環境分野の技術と組み合わせ、未来につながる新たな価値を生み出すことが重要であると考えています。
そのために、今の研究を着実に前進させ、次世代の人たちにつなぐことが私の使命であると考えています。私たちアサヒグループの研究をより多くの人たちに知ってもらうことで、環境技術やエンジニアリング技術を学んだ人たちに、「アサヒグループで地球環境に貢献する仕事がしたい」と感じてもらい、彼らとともにより良い未来を切り開いていきたいです。
(2018年8月28日取材)

竹田 健一郎