研究員こそアウトプット思考を。
基礎研究からグループの企業価値を高める

アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社
コアテクノロジー研究所 素材技術部
中村 文哉
- コアテクノロジー研究所で様々な研究に取り組む中村は、就職活動をする中で当時のカルピス社の発酵乳からみつかったペプチドに、認知機能改善の働きがあると知り興味をもったことから、2012年に当時のカルピス社に入社。希望通りそのペプチドの研究に携わり、サプリメント商品の発売につなげた。研究では思い通りにいかないことも多いが、「環境変化を見据えた先にある研究は、必ずアウトプットに繋げられる」という信念が揺るぐことがない中村に、研究の醍醐味を聞くとともに、研究者として大切にしていることなどを語ってもらった。
-会社で携わってきた研究は、大学時代の研究テーマと関連しているところがありますか。

大学での専門はニューロサイエンス(神経科学)で、線虫を使って記憶の研究をしていました。線虫には神経細胞が302個あり、そのうちのいくつかで構成される神経回路で、温度記憶に関わる行動が制御されていることがわかっています。その回路を用いることで、線虫がどのように温度を記憶して行動を制御しているかを、細胞間のやりとりや遺伝子発現から調べていました。
入社してから数年は認知機能改善作用を有する成分の機能性研究をしていたので、ニューロサイエンスに近い分野だったといえます。また研究を進める時の情報収集の方法や、研究を組み立てる時のプロセスなど、研究のベースとなる部分は共通していますね。
しかし学生時代の研究と比較して、研究のスピード感が圧倒的に早くなり、様々な視点からテーマを評価していく必要があるので、入社してから勉強したことのほうが圧倒的に多いです。
-そのまま大学に残って研究を続ける道もあったと思いますが、企業での研究を選んだのはなぜですか。
研究は好きですが、もともと人間の行動や意思決定に興味がありニューロサイエンスの研究を始めたので、卒業後はもっと世の中に広くアウトプットができる研究をしたいと思いました。そこで、様々な企業の研究所を調べていくと、当時のカルピス社が食品成分を用いた認知機能や記憶力への影響について研究していて、その効果を学会で発表していたので興味を持ちました。
さらに色々と調べていく中で、発酵乳から見つかったペプチド(以下“ラクトノナデカペプチド”)に認知機能向上の働きがあることを知り、ぜひ研究してみたいと思ったのが入社した理由です。
-就職活動の時に、企業の研究内容を詳細まで調べたんですね。
自分にとって就職活動は、広く社会を知るチャンスでした。就職活動を通じて、世の中ではどんな研究が行われているか、社会に応用される研究とはどのようなものかを自分なりに調べ、結果的に“ラクトノナデカペプチド”という、とても興味深い研究テーマに出会うことができました。
-入社後は、希望通り“ラクトノナデカペプチド”を研究して、新商品開発にも携わったそうですね。
はい。“ラクトノナデカペプチド”のメカニズム解明だけでなく、製法開発や工場での量産化まで携わりました。まずは実験室レベルで“ラクトノナデカペプチド”を効率的につくる方法を検討し、そこから工場で製造できるレベルまでスケールアップするのです。最終的には海外の工場に導入するところまで担当しましたが、学生時代からずっと実験室での研究をやってきた自分にとっては初めての経験ばかりでした。また、実験データからお客さまに訴求できるポイントを抽出し、マーケティングの提案もしました。
そうして発売されたのが、“ラクトノナデカペプチド”を配合したサプリメント「すらすらケア」です。

-研究者が工場での製造やマーケティング提案までやるとは珍しいケースですね。特にマーケティング提案は難しかったのではないですか。
企業での研究は、その成果を商品などの形にして、世の中のために役立てる必要があります。そのため私たちのような研究員にも、マーケティングの視点は不可欠です。研究成果を活かして実際の商品を生み出すにはとても時間がかかりますから、数年後のお客さまがどんなものを求めていて、どのような市場が活性化しているのか、意識する必要があります。
でも、それは実は特別なことではなく、新しい研究テーマを立案する時に関連する社会課題などを分析するのと同じです。研究所内でシーズが見つかったら、ターゲットとなるのはどんな人か、そういう人たちに対してどう訴求すればよいかということを調査した上で研究を進めています。
-実際に商品が発売されるまで、どのような苦労がありましたか。
最終的には「すらすらケア」として商品化されましたが、この研究がずっと順調だったわけではありません。なかなか事業化できずに、大幅にプロジェクトが縮小になった時期もあり、一時は私を含めて研究員が2人だけという時期もありました。
それでも、私はプロジェクトがなくなるとは思っていなかったんです。というのも、実験では“ラクトノナデカペプチド”の有効性を示すデータが多数得られていましたし、「認知症改善などのニーズが高まる将来にこそ必要な研究だ」という想いがあったからです。上司もその重要性を理解してくれていたので、どんなに縮小しても強い信念をもって研究を続けることができました。
そうやって研究を続けて良いデータが蓄積されてきたタイミングで、環境が変わり事業化が実現したのです。たとえ向かい風が吹いても、研究員たちの信念が実を結ぶことがあるのだと知りました。

-そんな中村さんでも、失敗した経験などありますか。
失敗事例というと、アサヒグループになって大きく環境も変わった際に、新しいテーマとして立ち上げた研究が、アウトプットまでたどり着かなかったことです。ずっと興味をもっていた「おいしさ」「脳機能」また「人間の意思決定」などを繋ぐことができる面白い内容で、興味深いデータも取れていたのですが、具体的にアサヒグループの商品としてのアウトプットが難しく、テーマが保留となってしまいました。
その時は、うまくいかなかった理由をきちんと整理しました。ダメだった理由を明確にできれば納得できますし、研究のモチベーションも維持できます。整理してみると、研究テーマそのものは魅力的であっても、社内外の環境によって実現できないことも少なくありません。ただし、環境は、いつ、どのように変わるかもわからないので、時期がきた時にすぐに注力できるようにしておきたいと思っています。未来に必要となる成果を生み出せるように、環境変化には敏感である必要がありますね。
-これまでを振り返ると何度か会社組織自体が変わったこともあったとか。研究所やご自身の置かれている環境はどのように変化しましたか。

入社した当時のカルピス社では、研究成果を飲料や健康食品事業に応用することに注力していました。それがアサヒグループとの統合によって、酒類や食品の領域も事業の柱となり、さらに新規事業も見据えるようになりました。これにより一気に研究領域が広がり、アサヒグループ全体を見ながら強くアウトプットを意識して仕事をするようになりました。
そして2019年4月に、グループの先端研究機能を集約したアサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社が独立しました。今まで以上のスピード感を持って、より戦略的に研究成果を創出し、より広い分野で社会に貢献しうる体制になりました。研究員としては、より研究に注力しやすくなったと思います。
-新しくなった研究環境で、これからチャレンジしていきたいことはなんですか。
現在は、おいしく摂ることができる機能性成分の研究や、アサヒグループの商品を製造する際に生じる副産物の活用法の研究に取り組んでいます。自分がこれまで取り組んできた、健康分野・脳機能分野の専門性を活かしながら、これらの研究を新規事業として立ち上げることを目指しています。
研究を今までよりさらにスピーディーに進め、成果を商品だけでなく技術としても世の中にアウトプットしていく。これにより、アサヒグループ全体の企業価値を、基礎研究から高めることに挑戦していきます。
(2019年4月取材)
