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研究レポート

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製造現場でビールの品質と安全を守るために
-進化し続けるアサヒグループの微生物検出技術-

製造現場でビールの品質と安全を守るために<br>-進化し続けるアサヒグループの微生物検出技術-
 「生ビール」は、加熱殺菌を行わないため、ビールを変質させる不要な微生物を混入させない取組みと、万が一に備えた厳重な検査体制が必要です。しかし微生物は検出が困難な上、検査が煩雑で時間もかかるという点が、長らくビール製造の現場の課題となっていました。アサヒグループでは長年微生物の検出技術開発に取り組み、世界の生ビール製造の品質安定に貢献しています。
 今回は、2018年度生物工学奨励賞※1を受賞した、「ビール醸造における微生物検査法の迅速化に関する研究」についてご紹介します。


※1) 生物工学会奨励賞
「清酒などの醸造に関する学理および技術の進歩に寄与した研究」に対して贈られます

製造現場で「ビール混濁性微生物」と闘う

 ビールは、天然抗菌成分を含むホップを原料のひとつとして使用するため、大半の微生物の増殖が抑えられますが、中にはその成分に耐性を示す菌種が稀にあり、それらは「ビール混濁性微生物」と呼ばれています。乳酸菌をはじめとするビール混濁性微生物は、万が一混入した場合でも人への健康被害はありませんが、混濁や異臭の原因となりビールの品質を大きく損なうことが知られています。

 アサヒビール(株)では、製造設備や配管の徹底した洗浄・殺菌、無菌室におけるビール充填、原材料の厳重な管理等を通じて、ビール混濁性微生物が混入しないように製造工程を徹底的に管理しています。衛生環境が管理された設備では、日々微生物の検出がないことも確認しています。さらに完成した製品や、複数の製造途中のビールを対象に、多岐にわたる微生物検査を実施し、製品出荷の可否を厳しく判定しています。

 一方で微生物たちは、環境に適応してどんどん進化を遂げていくため、厳重な管理をしても混入してしまう場合があります。その場合はどんな種類の微生物が、どこで混入したかを確実に突き止め、対策を練る必要があります。そのために常に正確かつ網羅的な検査の実施と、その結果を迅速にフィードバックした工程の改善が必須となります。しかし検査の方法が煩雑な上、結果を得るまでに長い時間がかかる点が、世界中のビール製造現場での課題でした。

 そこでアサヒビール(株)では、長年ビール混濁性微生物に対する網羅的な検査法の開発と、検査の迅速化に関する研究に取り組んできました。今回はビール工場での簡易的で迅速な微生物検出を可能にした、3つの研究をご紹介します。

ビール製造現場での微生物検査
図1 ビール製造現場での微生物検査

研究Ⅰ:ビール環境に潜む乳酸菌の特徴を分析

 生ビールでは、加熱殺菌をしない代わりに、フィルターによる「ろ過」を実施することで、製品へのビール混濁性微生物の混入を防いでいます。ビール製造の現場では膜上に微生物を捕捉する、膜フィルターが広く使われています。しかしビール混濁性微生物のひとつである乳酸菌は、実験室では充分フィルターで捕捉できているにも関わらず、実際の製造現場ではなぜかフィルターで捕捉しきれない可能性が危惧されていました。

 実験室と実際の製造現場でフィルターの捕捉効果に差異が生じるのは、生育環境(検査培地orビール)によって乳酸菌の性質が変化したためではと考え、検証を行いました。代表的な3種類の乳酸菌について、検査培地もしくはビールを用いて培養し、膜フィルターを通液した際の、フィルターの微生物捕捉率を測定しました。

 その結果、ビール環境に適応したビール混濁性乳酸菌は、検査培地で培養した乳酸菌より小さくなっており、その結果フィルターで捕捉しきれず、微生物捕捉率が低下することが明らかになりました。

ビール中で小さくなる乳酸菌
図2 ビール中で小さくなる乳酸菌

研究Ⅱ:より迅速に検出するために

 ビール混濁性微生物は、通常の検査培地では検出できないことが多いため、アサヒグループでは20年もの歳月をかけて、ビール混濁性微生物の検出に特化したABD(Advanced Beer-spoiler Detection)培地を開発し、確実に微生物を検出できる系を構築してきました。しかし、発育が遅い微生物も存在するため、培養には1-2週間と長い時間がかかる場合もあり、製品の出荷判定のための検査には不向きという課題がありました。

 そこで、より迅速にビール混濁性微生物を検出する技術開発に取り組みました。まずビールをフィルターろ過し、膜上に微生物を捕捉、そのフィルターごとABD培地上で培養しました。ここで通常は培地上にコロニーが目視で確認できるまで培養しますが、非常に小さなコロニーの染色と高感度な顕微鏡での観察を組み合わせることで、培養時間を通常より大幅に短縮することに成功しました。結果として、発育が遅いとされる菌種でも、この方法により3日以内に検出を完了できることを確認しました。

さらにコロニーを特定の遺伝子配列特異的に染色することで、菌種特異的な検出も可能となりました。

ビール混濁性微生物の迅速な検出方法
図3 ビール混濁性微生物の迅速な検出方法

研究Ⅲ:ビール混濁性微生物を包括的に同定する

 製造現場において、ビール混濁性微生物はただ検出するだけでは不十分で、「菌種」まで同定することが非常に重要です。なぜなら万が一微生物が混入した場合には菌種まで分からないと、それがビール混濁性微生物か判定することができないためです。また工程に存在しうる微生物の種類と比較することで、その汚染源を迅速に特定することもできます。近年ではより正確に菌種を判別できる菌種特異的PCR法※2が、広く導入されています。

このPCR法は、一菌種ごとに増幅反応を確認する手法が一般的です。しかしビール混濁性微生物は増加傾向にあるため、特に迅速な検出が求められる製造現場では、菌種ごとに何回もPCR法を実施するのには限界がありました。

 そこで、代表的な強いビール混濁性微生物12菌種を対象とし、それらを一度に検出できる「マルチプレックスPCR法」 を新たに構築しました。まず12菌種を3群に分類、群ごとに増幅できる系を設計し、それらをひとつの条件の反応系で性能評価した結果、検出感度や特異性に問題がなく、同じ菌種であれば異なる株であっても検出できることも確認できました。この手法により、操作の回数が少なくてもビール混濁性微生を包括的に検出することが可能となりました。


※2) PCR法
ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction)。DNA配列上の目的の領域のみを増幅させる手法です。本研究で用いた菌種特異的PCRの場合、その菌種特有のDNA領域を増幅させ、ゲル上にバンドとして検出することで、その菌種の存在の有無を確認しています。

3群にわけた12菌種を一度に検出できるマルチプレックス法の結果
図4 3群にわけた12菌種を一度に検出できるマルチプレックス法の結果
まとめ

アサヒグループは、ビールをはじめ全ての製品の製造工程で、徹底した衛生環境の管理を実施しています。しかし微生物たちは種として生き残るために環境に合せて進化していき、思いもよらない経路で侵入することもあり得ます。そのため、侵入した微生物を迅速に発見し、対策方法を工程へフィードバックしながら、製造現場から不要な微生物を撲滅できるよう検査や分析方法を整備しておくことが非常に重要です。そのためにも、さらに多様な菌種を対象に、より迅速な検査・分析が実施できるよう、技術革新を行っていく必要があります。

今後もアサヒグループでは、確実な品質の製品をお客様へお届けするために、様々な技術開発に挑戦してまいります。

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