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酵母の新たな魅力を引き出す! 「酵母との対話」によって広がる無限の可能性

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アサヒグループ食品株式会社
研究開発本部 技術開発一部
御厨(みくりや) 駿

「おいしいものを自分の手で作りたい。」 アサヒグループ食品(株)で『酵母エキス』の研究開発を担当する御厨が、就職先にこの会社を選んだのは、こんな思いからだった。子どもの頃から食べることが大好きだったという御厨は、就職活動を通じて酵母エキスに出会い、その可能性に心を動かされる。研究開発を通じて“新しいおいしさ”を追求したい……御厨の挑戦が始まった。

調味料の味と香りを引き立たせる酵母エキスの新たな魅力を発見

酵母エキスとは、酵母に含まれる成分を抽出したもの。コクと旨味を持つ天然由来の調味料として食品製造分野で活用されている。アサヒグループ食品では、ビール開発を通じて蓄積した膨大な酵母の情報を活用し、「新しい風味を生み出す」ことや「特定の成分を多く含む」といった「高付加価値酵母エキス」の研究開発に取り組んでいる。そうして完成したのが、アサヒグループが持つ酵母ライブラリーの中から見つかった酵母(Saccharomyces cerevisiae)で作られた「グルタミン酸高含有(HG)酵母エキス」だ。
「HG酵母エキス」の効用はグルタミン酸由来のコクや旨味だけではない。例えば、麻婆豆腐など辛さを楽しむ料理に「HG酵母エキス」を加えると、辛さがいっそう引き立つ。また、黒酢などを使った料理では、酢に特有の“ツンとした香り”を抑え、素材の味を活かした味わいにするといった、他の酵母エキスでは得られない「素材の味を引き立てる」効果が、いま、食品業界の注目を集めている。
御厨はこう語る。
「当社でも、開発当初は酵母エキスそのものが持つ“味への効果”を探求してきました。しかし、そうして開発された『HG酵母エキス』は、私たちの想像を超えたポテンシャルを持っていたのです。最近では、さまざまな酵母エキスを組み合わせたり、できあがった酵母エキスに熱を加えるなどの加工をしたりすることで“新しい風味”を生み出すことにも成功しています。私の使命は、新たな価値を持った酵母の増殖や特徴成分の増加に繋がる培養条件、即ち酵母の持つポテンシャルを最大限に引き出す培養条件を探すことです。」

企業での研究開発に求められる「精度」と「スピード」

御厨(みくりや) 駿

御厨は大学時代、農学部の生物資源学専攻で、大豆の遺伝資源拡充を目的とした研究を行ってきた。そんな御厨にとって、「微生物」を扱う研究は初めての経験だ。そのため、着任当初は驚きと戸惑いの連続だった。
最も驚いたのが「研究の精度とスピードの違い」だ。
「大豆の場合、成長サイクルが2~3か月かかるため、年中栽培可能な温室環境を使用しても、ある仮説を検証出来るのはせいぜい1年に5~6回程度でした。それに対して、酵母の培養プロセスは1~2週間で1サイクル。短期間で数多くの実験を繰り返すことになりますが、1回1回の実験にも高い集中力が要求されます。なぜなら、大学での研究と異なり、企業の研究では、ひとつひとつがビジネスに直結し、高い生産性が求められるからです。常に効率的で、かつ精度の高い実験を求めて日々取り組んでいます。」
現在、御厨は2人の先輩研究者とともに仕事を進めている。実験において、再現性のある正確なデータを得るため、完璧に準備を整えることが彼のミッションだ。
「配属から1年の間、先輩方の実験を間近で観察しながら、ようやくスムーズに準備が進められるようになりました。」

先輩たちのような「酵母との対話」ができる研究者に

「酵母は生き物ですから、人間の都合に合わせてはくれません。実験の種類によっては、酵母のライフサイクルに合わせた生活リズムになってきます。」
時には昼夜逆転の生活になってしまうこともありますね、と御厨は笑う。
先輩の実験をサポートする御厨の仕事は、地道な作業だ。しかし彼にとって、先輩たちの一挙手一投足を注意深く観察することで、マニュアルからは決して得ることのできない学びを得られることは何よりの喜びだと語る。その経験について聞くと、御厨は目を輝かせながらこう言った。
「先輩たちは、酵母と語り合うことができるんです。」

御厨(みくりや) 駿

酵母の培養作業には、大きく2つの段階がある。「酵母の数を増やす段階」と、「特徴的な成分を増やす段階」だ。しかし、何度も培養を行う中では、時として酵母の数や特徴成分が、目標としたレベルまで増えないこともある。
そんなとき、改善の手がかりとなるのが「酵母との対話」なのだという。
酵母の培養中には、培地の酸性度(pH)や、培地中に溶け込んでいる酸素量などのデータを常に計測している。一見、無味乾燥に見えるこのデータこそが、酵母の発する声だ。
「先輩たちは、データをひと目見るなり、“ここを改善してみよう”と決断します。そして、そのとおりに操作してみると、見る見るうちに状況が改善する……まるで、酵母の気持ちを理解しているかのようです。先輩の領域にたどり着くまでには時間がかかるかもしれませんが、私も経験を積んで、1日も早く、酵母と語り合う力を身につけたいと思っています。」

酵母の「底知れぬ可能性」を信じ新しいことに挑戦していきたい!

御厨は、日々の仕事の中で、酵母の「底知れぬ可能性」を感じ始めている。その可能性は、食品分野にとどまらない。
「アサヒグループでは、長年のビールづくりで培った酵母技術により、酵母エキス以外にも、栄養豊富なサプリメントや家畜の飼料として古くから役立てています。我々は、そこから一歩進んで酵母の育種技術や培養技術を新たに開発し、高付加価値酵母エキス事業を始めました。船出をしてから8年が経ち、ここ2年はビジネスとして勢いが出てきました。さらに、他研究所ではエキスを抽出した後に残る細胞壁を様々な角度から加工し、動物が食べた時に病原抵抗性が上がるような素材を開発する等、酵母丸々使い尽くすことにもチャレンジしています。」
「いま自分が取り組んでいる研究が、将来、まったく新しいビジネスの種をつくるための基盤になるかもしれない……そう考えるとワクワクしてきます。」
酵母をはじめとする微生物は、私たちの目に見えないミクロの世界で活動し、動植物の健康や地球環境の維持に多大な影響をおよぼしている。しかし、人類がこれまでに発見できた微生物のチカラは、ほんの一部分に過ぎない。
「未知なる酵母の能力を最大限に引き出し、人々の健康で豊かな社会の実現に貢献したい。」
そう語る御厨の表情からは、大海に乗り出す水夫のような決意が感じられた。
(2017年8月21日取材)

御厨(みくりや) 駿