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挑戦する研究者たち挑戦する研究者たち

微生物が持つ自然のチカラを利用して
世界中の生産者を幸せにしたい

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アサヒカルピスウェルネス株式会社
飼料事業本部 事業推進部
宮田 陽子

人間や動物の腸の中には、1000種類以上、100兆個もの菌が棲み、生態系を作っている。それらを「腸内フローラ」と呼んでいる。宮田は、入社以来一貫して腸内フローラの検査業務に携わってきた、いわば腸内フローラ分析のエキスパート。現在は、検査業務にとどまらず、海外拠点に設置するラボの開設支援や、国内外のラボが情報を共有してより精度がよく効率的な検査を行うためのネットワークづくりでも、中心的な役割を担っている。「微生物のチカラは世界をハッピーにする」と語る宮田は、これまでどんな思いで仕事に取り組んできたのだろうか。

―現在の仕事内容を教えてください。

飼料事業本部は、安全でおいしい肉や卵を食卓に届けるために、有用微生物を活用した飼料用生菌剤を国内外で展開し、畜産農家の方々のサポートをしています。主な商品に、枯草菌を有効成分とする「カルスポリン」や、乳酸菌を混合した「ファインラクト」などがあります。
生菌剤は、餌に混ぜて与えると、枯草菌や乳酸菌などの微生物の力で腸内環境を整えたり、腸内の腐敗産物を減少させたりすることができ、家畜の健康をサポートすることで、生産性を向上させます。また、生菌剤を使うことで抗生物質の投与量の削減にも繋がります。私の役割は、鶏や豚など家畜の腸内フローラを測定し、分析して営業活動を技術的にサポートすることです。具体的には、腸内フローラの菌の種類や量を測ってどの菌がどのぐらいいるかのバランスを把握していきます。検査業務のほかに、近年は海外の営業拠点にある複数のラボ同士が情報を共有し、より精度がよく効率的な検査を行うためのネットワークづくりなども担当しています。

インタビューにこたえている様子

―腸内フローラとは、どんなきっかけで出合ったのですか。

2000年に、当時のカルピス株式会社飼料事業部に派遣社員として入り、検査業務に就いたのが腸内フローラとの出合いです。それ以前は医療機関で臨床検査技師として働いていました。入社当時、腸内フローラに関する知識はほとんどなく、腸内細菌に関することも「ヨーグルトには乳酸菌やビフィズス菌が含まれていて、腸にいい働きをするんだな」という程度のことしか知らなかったんです。業務を進める中で部署の方に腸内フローラについて教えていただき、さまざまな機能を持った細菌が腸の中でバランスを取って棲んでいることがとても面白いと感じました。

―宮田さんが飼料事業部に入ったのは、飼料事業部が発足して間もない時期だったと聞きました。

そうなんです。研究所の一部門から事業部に独立したばかりで、私を含めて部員は56人のこじんまりとした部署でした。当時は、腸内細菌を測定するために、研究所敷地内の飼養施設で鶏を育てて鶏糞を採取したりもしていました。部員皆でケージ(鶏の飼育かご)を組立て、鶏に商品である生菌剤を混ぜた餌を毎日与え、産まれた卵は部署のみんなでありがたくいただきました。みんなで手分けして一つの業務に当たっていたので、自然に家族のようなチームワークが生まれました。多忙でしたがとても楽しかったですね。現在の飼料事業本部は、あの頃とは比べものにならないほど大所帯になりましたが、当時のアットホームな雰囲気は変わらず今に受け継がれているように思います。

―2005年には正社員となり、カルピス(株)の腸内フローラの受託検査機関※で衛生管理者をされていたそうですね。その検査機関では、どのような仕事をされていたのでしょうか?

社内だけでなく、社外のさまざまな研究機関や大学からも依頼を受け、家畜や人の腸内フローラの分析、糞便中の有機酸や腐敗産物などの化学分析などを行っていました。まだ少人数のラボだったので、検査業務はもちろん、ラボの管理運営に関する業務にも携わりました。例えばパンフレットや技術資料を作成して営業に行ったり、請求書処理を行ったり、検査マニュアルを作ったりと、検査業務を支えるさまざまな仕事を経験することができました。※現在は受託業務終了に伴い閉鎖

―現在の仕事は、飼料の販売を技術的にサポートすることだそうですが、なぜ腸内フローラの分析が販売をサポートすることに繋がるのですか?

飼料事業本部では、家畜の生産者であるお客様に、商品と技術的なサポートを一体化して提供する独自のTS(テクニカルソリューション)活動を行っています。
「子豚が下痢をして困る」「鶏が病気に罹り生産性が低下する」など、家畜の飼育に対してお客様が抱えている問題は、それぞれ異なります。TS活動では、そうしたお客様ごとのニーズを営業担当者がきめ細かに聞き取り、商品である飼料用生菌剤を与える時期、量などを個別にプログラムして提案します。さらに、生菌剤を与えた後の家畜の腸内フローラを検査、分析し、お客様に検査結果をフィードバックして問題解決に繋げています。

お客様が、家畜の腸内環境が改善され健やかな成長につながっていることを検査結果を通じて実感できれば、安心して商品を使い続けることができると考えています。現場と検査部門が一体になって進めている活動なので、営業担当者との連携も緊密に行っています。お客様を訪問している営業担当者が現場から「すぐお願いしたい検査がある。いつならできますか?」と電話をかけてくることも珍しくありません。

研究している様子(培地を観察)

―現場からの依頼で、印象深いものはありますか?

銀鮭の腸管内容物の分析を行った時のことは、印象深いですね。ある日、現場に行っている営業担当者から電話があったのですが、その内容は、いつもとは違っていました。それは「銀鮭の腸内細菌を分析できますか?」というもの。聞いた時には、正直、即答できませんでした。その理由は、私たちが日ごろ検査する腸内細菌が、家畜や人間のものであり、魚の腸内細菌測定は難しいことも聞いていたため不安だったからです。それでもやるしかないと腹をくくってすぐに動き出しました。

家畜と魚では、腸内フローラを構成する腸内細菌が違い、どんな菌を有害菌とするかも違います。魚の病気に関する知識もありませんでした。検査サンプルが到着するまでに、お客様が悩んでいる銀鮭の病気はどんなものなのか、腸内に生育するどの菌を分析すれば知りたい情報が得られるのかなど、必要な知識を得るために文献類を徹底的に調べました。さらに、魚の生育環境により生育する微生物も異なることから、検出培地の種類を変えたり、検査培地の塩分濃度を変えたり、培養温度を海水温に近付けたり、培養時間の長さを変えたりとさまざまな培養条件を試して最適なものを探していきサンプルの受入準備を整えました。
頭を悩ませることも多かったのですが、実際の検査では十分なデータが得られ、お客様に商品を使っていただけることになりました。苦労した分だけ、商品の良さを伝えられた喜びも大きかったですね。


研究している写真(細菌培養)

現在は海外のラボのサポートも担当されているそうですね。

はい。飼料の事業は海外展開も進み、市場が拡大しています。世界中の拠点でTS活動を行っているのですが、家畜の糞便は容易に日本に輸送して検査することができません。そのため、海外拠点にも腸内フローラを分析するラボを設けています。現在は、アメリカ、中国(上海)、タイの3カ所にラボがあり、そのうち上海とタイのラボには設置準備の段階から携わりました。ハード面では実験室や分析機器、試薬の準備、ソフト面では現地採用スタッフの教育など多方面に渡り、多くの人と連携して進めました。

タイの現地スタッフと一緒に撮影


各国のラボで情報や分析技術を共有するネットワーク作りも進めています。
ラボ同士で連携が取れていると、技術的な悩みに遭遇したときに、他のラボと情報交換して精度よく効率的に作業を進めることができます。例えばタイのラボでは検出方法や判断に迷う事例だったとしても、日本やアメリカでは分析した実績があるかもしれません。他のラボと連絡を取り合うことで、新しい検出法のヒントが分かることもあります。もしどこのラボでも扱ったことのない検出法であれば、手分けして培養条件などを調べて試し、測定方法を検討することもできます。

―海外の現地スタッフとの関係づくりで、気を付けていることはありますか?

国内国外を問わず、腸内フローラの分析は、微生物検査の中でも専門性が必要な作業です。私自身もそうでしたが、検査スタッフは未経験からスタートする人がほとんど。私がかつて教えていただいたように、「腸内フローラとは何か」という基礎知識から具体的な測定の手技まで、丁寧に指導するようにしています。

タイのラボスタッフとの写真

立ち上げから間もないラボはスタッフも少ないので、何か困り事があったらメールや電話で相談しやすい関係を築くことが欠かせません。タイや上海のスタッフとは母語ではない日本語や英語でやり取りをするので、ジェスチャーを交えたり、イラストを描いたり、写真を添えたりしながら、分かりやすい伝え方をするように工夫しています。せっかく縁あって腸内フローラやアサヒグループに関わることになったのですから、どのスタッフともできるだけ長く一緒に仕事がしたいんです。人と人との繋がりを大切にし、仕事へのモチベーションを上げてもらえるようにコミュニケーションを取っています。

アメリカのラボでのミーティング風景

―今後の目標を教えてください。

少人数で始まった飼料事業本部ですが、今では海外拠点も増え、関わるスタッフも増え続けています。事業を通じて人と繋がっていくことが楽しく、人の輪が広がる喜びを感じています。また、世界中のお客様の役に立てていることも嬉しいです。
一方で、腸内フローラ分析に携わる人が増えたことで生じた、新しい課題もあります。その一つが、国内外のラボの検査技術や「手技」の統一です。検査する人が違えば結果が違う、ということでは、お客様の信頼を失いかねません。どんなトレーニングをすれば技術を統一できるのかを検討し、各国のラボを回って手技を指導することにも力を尽くしていきたいです。

日本のラボスタッフと培地に生えている微生物を確認

腸内環境が整えば、家畜は早く健康に成長できます。生産者は、安全でおいしい畜産物を作ることができ、生産性も向上します。また、家畜の成長が早くなれば、出荷までに必要な飼料も少なくて済み、飼料の原料である穀物の消費を抑えることができます。おいしい畜産物を食べられることは、消費者にとって幸せなことです。また、食糧問題の解決や地球環境の改善は、世界中の人にとってメリットのあることです。微生物が持つ自然のチカラは、世界中の人をハッピーにできるんです。

私たちの事業を世界中に広げていくことが、社会課題の解決につながります。事業を通じて社会貢献になる。そのことに誇りを感じながら、胸を張って働いています。これからも、検査業務はもちろん、海外ラボのレベルアップなどを通じて事業の拡大に貢献して、世界中の人々をハッピーにしたいです。

(2019年3月取材)

アメリカのラボスタッフと一緒に撮影