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原酒、品質、先人の思いー
伝統を受け継ぎ、次代へ繋ぐことが
ブレンダーの使命です

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ニッカウヰスキー株式会社
ブレンダー室 主席ブレンダー
綿貫 政志

日本のウイスキーの父・竹鶴政孝が「ニッカウヰスキー」第一号を世に送り出してから約80年。ニッカウヰスキー創業者であり、初代ブレンダーである竹鶴の「おいしいウイスキーをより多くの人に楽しんでほしい」という思いを受け継ぎ、ニッカのウイスキーの味をつくり上げているのが、綿貫をはじめとするブレンダーだ。「歴代ブレンダーの思いが込もった原酒を次代に受け継ぐことが私たちの役目」と語る綿貫に、仕事に対する静かで熱い思いを聞いた。

―ウイスキーのブレンダーとは、どんなことをする仕事なのでしょうか。

ウイスキーの製造過程で、原料や製法が違うウイスキーの原酒を混ぜ合わせることをブレンディングといいます。私たちブレンダーは、ウイスキーのおいしさを引き出しお客様にご満足いただけるよう、現在ニッカが所有する原酒を使いブレンディングを行い、商品であるウイスキーのレシピ(処方)をつくっています。また、新商品のための処方の開発、新しくつくった原酒の品質評価なども行います。

ブレンダー室では、販売されているウイスキー全ての処方を、毎年更新します。ですから、同じ商品でも、1年前と今とでは使っている原酒の構成が変わっているんです。もちろん、原酒を変えても同じ味を維持することが私たちの役目。各工場から集めた約1500本もの原酒の香りを一つずつ確かめ、その評価を元にさまざまなブレンドを試していきます。

原酒は、長い間貯蔵してつくり上げられたニッカの貴重な「財産」です。私たちの世代が原酒を使いすぎてしまえば、次の世代に残すことができなくなります。ブレンダーの仕事で重要なことは、原酒という財産を次代に「継ぐこと」。目の前にいるお客様に飲んでいただくお酒と同じくらい、10年後、20年後のお客様が飲むお酒も大切に考えなければならない。その責任の重さを常に感じながら仕事をしています。

綿貫氏がインタビューにこたえる横顔

―綿貫さんは、なぜニッカウヰスキーを志望されたのですか?

私は畜産大学の出身で、大学院では牛のレプチンというホルモンについて研究していました。畜産系の学生は食品会社に就職するケースが多く、私も食品関係の就職先を探していたのですが、なかなかピンとくる会社がない。そんな時、興味を持ったのがニッカウヰスキーという会社でした。

実は、研究室で指導してくださった恩師が大のブラックニッカファンで、先生とお酒を飲む時には必ずブラックニッカがそばにありました。それほどまで先生に愛されているお酒をつくるニッカウヰスキーとは、一体どんな会社なのか。そんな興味から、何気なくホームページを見て採用情報を見つけたのが、就職するきっかけになりました。

ニッカに魅かれたのは、お酒をつくることへの興味というより、企業としてのマインドの部分だったと思います。例えば、ブラックニッカのブランドに「ブラックニッカクリア」というウイスキーがあります。私の恩師は、それまでブラックニッカの別の商品を愛飲していたのですが、新商品だった「クリア」を飲んだところとてもおいしく、その後は元々好きだったお酒に加え、「クリア」も周囲に薦めるようになりました。古くからのファンに愛されながら新しい商品をつくる。その新しい商品もまたファンに喜ばれる。「変えるべき部分と変えてはいけない部分の線引き」がしっかりできている良い会社だという印象が強くあり、そういう会社の一員になりたいと思いました。

―入社後は弘前工場でシードルの醸造管理や品質管理に携わり、ブレンダー室に異動されたとうかがいました。ブレンダーは入社前から目指していたのですか?

いいえ、ブレンダーという仕事を知ったのは、入社してからなんです。入社前は、ウイスキーのつくり方もよく分かっていないくらいでした。
弘前工場時代は、ウイスキーやブレンダー室との接点はほとんどなかったので、ブレンダー室に異動になったときはとても驚きました。味覚や嗅覚が人より優れているわけでもありませんでしたし、ブレンダーとして特別な適性があるのかは、自分では分からないですね。
ただブレンダーは、必ずしも香りや味に敏感でなければならない、というわけではありません。鋭敏な感覚を持つことよりも、感覚を言葉で表現し、他者と共有する能力が求められると感じています。
例えば3人のブレンダーが同じ香りを嗅いで、「樽の香り」「ウッディー」「木」と3通りの表現をしたとします。ウイスキーでは「樽の香り」は熟成した香りを表し良い評価になります。一方「木」は生の木を表しネガティブな評価になるのです。こうした良し悪しの感覚や表現の差異をブレンダー同士がお互いに理解し、擦り合わせていくことで、ブレンドの技術が継承されていきます。原酒だけでなく、ブレンダーの感覚や表現も「ブレンド」していくものなんです。

ブレンダ―達が打合せをしている画像

―ブレンダーになって2年後には、「ブラックニッカリッチブレンド」の開発を担当されたそうですね。新商品を一からつくり上げるために、最初に取り組んだのはどのようなことだったのでしょうか。

ブラックニッカリッチブレンドは、国内シェアトップだったライバル社の商品に対抗するために開発がスタートし、2013年に発売されました。
新商品の処方は、基本的には一人のブレンダーが考えます。私が最初に取り組んだのは、「敵としっかり向き合うこと」。1カ月ほど毎日ライバル商品を飲み続けました。もちろんただ飲むのではなく、なぜこのお酒が日本で一番売れてるのか、我々の商品より高く評価する人が多いのはなぜかを徹底的に考えながら飲みました。そこが理解できないと、それを超えるお酒はつくれないと思ったからです。

綿貫氏がお酒の香りをかぐ写真

そこで分かったのは、ライバルのお酒には、フラットな味の中にもう一杯飲みたいと思わせるクセがあり、それが飲み飽きない理由になっているのではないかということ。開発にあたりそれを踏まえ、相手にはない香りの膨らみ、しっかりした味わいといった「芳醇さ」を追求していくという目標が明確になりました。

―「芳醇さ」を追求するためには、どのような挑戦や苦労があったのでしょうか?

芳醇さをお酒で表現しようと考えた時、私が直面したのは、そもそも人は一体何を「芳醇」と感じるのか、という問題でした。
私たち開発チームは「香りのふくよかさ」「スイートさ」「華やかさ」といった印象が「芳醇」に繋がると推測して試作品をつくったのですが、試飲していただいたお客様の反応を調査すると、「芳醇」とは感じていない方が目立ちました。よく調べてみると、人によって「芳醇」と感じる要素が「樽の香り」「熟成感」「アルコール感の強さ」というようにバラバラだったんです。どの方向性の香味を伸ばせば「芳醇」と感じていただけるのかには、かなり頭を悩ませました。

ウイスキーをブレンドする様子の写真

試飲の調査結果を丁寧にすくいあげ、つくった試作品は100種類以上。試作品になる前のブレンドをどれだけしたかは数えきれません。試作品はブレンダー室の先輩にも飲んでもらい、助言を参考に試作し続けました。試行錯誤を重ねながら、最後の最後は「自分たちが良いと信じるものをつくろう」と腹を決めて処方を完成させました。

―山あり谷ありの開発過程だったんですね。完成したブラックニッカリッチブレンドの最大の魅力は、どんなところでしょうか。

ブレンデッドウイスキーの特徴を決める原酒を、キーモルトと呼びます。「リッチブレンド」の開発に当たり、私たちは「スイートな感じ」が「芳醇さ」につながると考えていました。そこで、ブラックニッカブランドでは初めての試みとして、独特のフルーティなスイート感を与えるシェリー樽原酒をキーモルトに使いました。
「リッチブレンド」に使ったシェリー樽原酒は、甘口のシェリー酒を長期貯蔵していた樽に、蒸留したばかりのウイスキーを入れて貯蔵したものです。樽に染み込んだシェリーの味わいやスイート感がウイスキーに移り、とても個性的な原酒に仕上がっています。ところが、その個性の強さは魅力であり、処方を難しくするものでもあります。加える量をわずかに変化させただけで酒質を大きく変えてしまう力を持っているため、最後の調整段階では「100mlに対してあと1滴入れるかどうか」というほど繊細な判断が必要でした。
キーモルトとは、ほんの少しでも確かな存在感を発揮し、味の骨格を決める重要な存在だとあらためて痛感しました。

ウイスキーを調合する綿貫氏の写真

―綿貫さんが、開発過程で「これだけは譲れない」と考えていたことはありますか?

「リッチブレンド」の開発は、「ブラックニッカブランドとは何か」という根元的な問いをあらためて考える機会になりました。私なりにたどり着いた答えは「ブラックニッカはブレンドが調和していなければならない」ということ。個性がある原酒をたくさん使えば、インパクトのあるウイスキーはできますが、調和が崩れて飲みにくくなってしまいます。調和していて、飲み飽きず、飲みやすい。それがブラックニッカブランドの背骨であり、それだけは守らなければならないと肝に銘じて開発に取り組んでいました。
ブレンダーには、先人がつくり上げた原酒を最高の形で世に出す方法を考える使命があると考えています。多くのお客様に手にとっていただける新商品の開発は、その使命を果たす絶好の機会だという思いに支えられ、最後までやり遂げることができました。

―ブレンダーの仕事で重要なのは「継ぐこと」というお話がありましたが、そこには初代ブレンダーである竹鶴政孝から続く歴代ブレンダーの思いを継ぐ、という意味もあるのでしょうか。

そうですね。竹鶴から連なる意思と原酒を、大切に次代へ継いでいくという意識は、ニッカのブレンダーとして何よりも大切にしなければならないと思っています。
私の想像ですが、竹鶴は、できることなら永久に自分でブレンドし続け、自分がつくった味を変えたくなかっただろうなと思うんです。「同じ味をつくり続けてほしい」という思いは、竹鶴だけでなく、代々のブレンダーも持っていたと思います。また、現在ニッカには、60年ほど前につくられた原酒もあります。それが残されているのは、次代に原酒を残そうと、ブレンダーが大切に使う努力をしていたからです。先人がつくった原酒を決して無駄にせず、次代へ渡すことができるのは、我々ブレンダーだけ。たくさんの思いの込もった原酒を守り、さらに次代へ渡す。そうやって「過去と未来を繋ぐ」のが、ブレンダーの役割かもしれません。また、ブレンダーは、そうして繋がれてきた酒をお客様に手に取っていただく窓口でもあり、お客様とモノづくりの現場を繋ぐという重要な役割もあると考えています。

―伝統を継ぐことを大切にされていることが、よく分かりました。一方で、新たに挑戦したり変化したりすることが必要になることもあるのではないでしょうか。

グラスについだウイスキーの写真

時代の変化に伴って、お客様の嗜好、原料、製造過程のインフラなども変わっています。ウイスキーの処方は毎年更新しますが、それも一つの「変化」かもしれません。また、現在の味を維持するために、新たなイノベーションを常に探しています。技術開発センターと協力して、新しいタイプの原酒や、熟成が早く進む新しい樽の開発にも取り組んでいます。

例えば原料である麦芽(モルト)も、過去と比較すると大麦の品種改良などで品質が変化しているため、アルコールの生成量や香気成分の元となる成分量も変化しています。ですので、永遠に同じつくり方を続けていると、いつの間にか過去の品質から離れていってしまう場合もあります。ニッカのウイスキーの場合、例えば力強く重厚なタイプの余市のモルトウイスキーが、華やかになりすぎて酒質が変わってしまう、という事を防ぐため、つくり方を変化させて品質が変わらないようにしていくことも重要です。あくまで守りたい品質タイプ(伝統といっても良いでしょう)に合わせて何かを変化させていくことも時として必要と考えています。一方で、お客様にとって良い変化、例えば特徴が増強されるようなことも起こり得ますし、そこは逆に伸ばすという判断をする場合もあります。
刻々と変わっていく状況に対して、何を守り何を変えていくかを判断することもブレンダーの重要な責務だと思います。

実験中の綿貫氏と同僚の写真

そうしたさまざまな「伝統を守るための変化」は大切だと考えています。私の恩師のような古くからのファンを喜ばせながら、新しいウイスキーをつくり出す力は、「守るために挑戦する」ことから生まれるのではないでしょうか。
さらに、ニッカには若手が積極的にチャレンジできる企業風土があると思います。私が「リッチブレンド」を開発したのは、ブレンダーになって2年目でした。ニッカは、伝統と若さから生まれるチャレンジがバランス良く両立しているように感じています。

―今後、仕事を通じて実現したいことはありますか?

ニッカのお酒はもちろんなのですが、「ウイスキーをもっと多くの方においしいと思ってほしい」というのが、今の願いです。たくさんの方に、いろいろな洋酒のおいしさを知ってほしい。その中でも「やっぱりニッカがいいね」と選んでもらえるお酒とはどんなものなのか、追求していかなければならないと考えています。
また、ニッカの価値は、おいしさだけではありません。私自身が惹かれたような、伝統を守りながら、古くからのファンに愛される質の高い商品を送り出すという企業イメージに魅力を感じてくださっている方も多いと思います。伝統とチャレンジを両立させながら、「品質のニッカ」の名を汚さないよう、日々ブレンダーとして精進していきたいです。

―学生のみなさんへメッセージをお願いします。

社会では、全く予備知識のない業務、培ってこなかった力が求められる業務に就くことはあります。私自身、ブレンダー室への配属は、予想外の異動でしたし、ほぼ知識のないところからのスタートでした。畜産の研究からお酒づくりという入社時の状況もしかりです。そこで道を切り開く力になったのは、仕事とは関係のない学生時代の経験でした。研究、部活動、遊びなど何でもたくさん経験をすることが、社会では強みになると思います。ただ経験するだけでなく、経験した時に感じたこと、考えたこと、理解したことを吸収し、学生時代にしかできないような体験を心の底から楽しみ、自分の引き出しを増やしてほしいと思います。


(2019年3月取材)

ウイスキー陳列棚の前に立つ綿貫氏の写真